④元夫との出会い – 結婚 2012 – 出産 2013 – 別居 2014 – 2015

2011年に日本を飛び出してからの出来事について振り返る、第4弾。

2012年の1月に、私とオーストラリア人の元夫はメルボルンのSt.Kildaにあるシェアハウスで出会いました。
そしてその4月に日本で婚約、10月にメルボルンで挙式をしました。
メルボルンでmarriage certificate(結婚証明書)が発行され、それをもとに在メルボルン日本領事館で日本の婚姻届を申請しました。この時はまだ私はワーキングホリデーの2年目で、日本からパートナービザの申請をしたのは2012年の暮れのことでした。

とても幸せな結婚式を挙げた私たちでしたが、結婚をしたその直後から、何もかもがうまくいかなくなりました。
当時まだ永住権もなかった私は、メディケア(国民健康保険のようなもの)もなく、それも理由で日本で息子を出産しました。2013年2月のことです。そして息子が2ヶ月になる頃に、メルボルンに戻りました。でもその後も3ヶ月おきくらいで、私と息子は日本とメルボルンを行ったり来たりしていました。

このブログでもさんざん触れているように、息子は小さい時にアトピーがひどく、なかなか寝ず、また食物アレルギーのこともわかって、私はメルボルンでの生活でサポートを必要としていました。そんなとき、やはり最大のサポーターだったのは私の母でした。いよいよ結婚生活と子育ての疲れから私はストレスがピークに達し、2014年の5月、母がメルボルンにヘルプに来てくれました。
そして、元夫と私、私の母、そして通訳として私の友人にも参加してもらい話し合いをして、”私と息子は、日本へ3ヶ月間行く。”ということを決めました。そして元夫は、3ヶ月後に日本に私たちを迎えに行くという約束をし、私と息子、私の母は日本へ発ちました。

ところが、3ヶ月経った2014年の8月になっても、元夫は日本を訪ねてきませんでした。連絡こそとっていましたし、息子をSkypeで見せたりなどもしていましたが、それでも、元夫が日本を訪れることはありませんでした。
そうこうするうちに、9ヶ月が経ちました。
息子の2歳の誕生日が迫っていました。

この9ヶ月の間、私は日本にいながらもあまり友人にも会えずにいました。私は自分たちの置かれている状況に大きな不安を抱えていて、どうしてよいものか途方にくれていました。
そして、私はあらゆることに取り組みました。
NVC(ノン・バイオレント・コミュニケーション)といって、心理学者のマーシャル・ローゼンバーグが提唱した、共感的コミュニケーションを学びました。
マクロビオティックから派生して梅崎和子先生という方が始められた、”陰陽調和料理”のスクールに通いました。
食物アレルギーなどの免疫疾患について学ぶために、いくつかの講演会に出向きました。
自然療法や、発酵食品について学びました。
また食物アレルギーのために息子は、こども医療センターという病院で経口免疫療法を受け始めました。
本当に貴重な、学びの9ヶ月でした。

ただ私はこの間、息子とその父親を引き離しているということに強い罪悪感を感じていましたし、なんとかまた結婚生活を立て直さなくてはいけないと必死でした。息子のためには、元夫と家族としてやり直すことが最善であると信じて疑いませんでした。

それで、息子が2歳の誕生日を迎える2015年の2月に、私と息子はメルボルンに戻りました。
ちょうどその頃、2015年2月に書いたのが、『メルボルンに戻って、3週間。 – 別居生活 Feb/2015』 です。

話し合いの末、メルボルンで近所でありながらも別居という形をとり、私と息子が一緒に暮らすということを決めました。
私はその頃、そういう家族のあり方もアリだ、と前向きに捉えていました。
ところがこの微妙な関係性が、あとあと裁判上で大きな問題となったのです。その離婚裁判に関することはまた別の機会に譲ります。

この2012年から2015年にかけての間、私はとてつもなくたくさんの幸せも、また悲しみ、怒り、悔しさ、無力感などを感じ、あらゆることを考え、経験しましたが、元夫との関係性についてあえて淡々と綴るならば、こんな感じになります。
こうして淡々と書いてしまえば、短期間の間にいろいろあったのね、という感じになってしまいますし、私の歩んだ道のりに対して批判的に思う人もいるかもしれません。現に、”親がそうやって親の都合で別れたりすると、不幸なのは子供です”というようなことを言われ、傷ついた時期もあります。でも、これが私たちに起こった出来事であり、それを変えることもできませんし、本来的な意味で、その起こった出来事に対して良い・悪いということは誰もジャッジすることはできないと思っています。

そして、私にとってのさらなる試練の始まりは、そこからほんの数週間後のことでした。

(つづく)

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