ノスタルジー – nostalgie

私は昔から、古いものが大好きです。
音楽も昭和の歌謡曲・懐メロが大好きだし、アンティーク、ヴィンテージという言葉に弱いし、なんたって乗り物(車にせよ、電車にせよ)も古い=クラシック=カッコいいと感じます。昭和の時代の看板とか、ロゴ、あるいはタバコのデザインなんかもレトロな感じに強く惹かれます。

今日は、そのノスタルジーの源泉は何なのか!ということについて考えさせられ、自分なりのヒントを掴んだ一日となりました。

今日はオーストラリアに移り住んでから初めて、着物を着ました。15年前くらいに着物にハマって、日本で着付けも習ったりしたのですが、実は着物の趣味については、自ら封印していました。なぜなら、お金がかかるから。着道楽の私は、一度ハマると危険なのです。ハマるのは良いのですが、着物という晴れ着はなかなか着る機会がないので、割に合わないことに気づき、本当は大好きなのに見て見ぬふりをして、早15年。今日は、ひさしぶりに着物を着て、懐石料理をいただき、そしてお抹茶をいただいて、着物ってやっぱり最高!と改めて感じ、そして日本の伝統文化の美しさを感じる一日でした。

懐石料理はもともと、茶の湯において正式の茶事の際に振る舞われるお料理で、禅寺の古い伝統に由来します。ここでは細かな説明を省きますが、今日教わった懐石料理のお作法は、まさに『禅 – ZEN』そのものでした。フィロソフィーがあまりに美しく、一切のムダが省かれたミニマリズムの美。
またお茶に関しても、茶室で正座をしてお抹茶を立てていただく儀式は、心が洗われるような体験でした。茶室の空間のプレゼンスは圧巻です。ひとつひとつの所作に気を配り、その空間に佇むことは、”be present – いま、ここにある”、ということの実践のようでした。

たとえ日常的に着物を着ずとも、懐石料理もお抹茶をいただかずとも、やはり私たち日本人のDNAにはそのフィロソフィーが組み込まれているような気がしてなりません。日常的にはテクノロジーの恩恵に与る私たちも、人生の何処かでふと、そのフィロソフィーに触れ、思い出す瞬間というのが訪れるのではないでしょうか。

私にとっては、子育てのプロセスがまさにそれでした。
息子を妊娠し、出産してから、私は”古いもの回帰”ばかりしていました。ベビーカー(pram)はどうしても好きではなく、兵児帯もしくはスリングに息子を入れていたかったし、離乳食は100%手作りにしたかったし、やたらと薬を飲ませたくなかったので自然療法を学んだし、粉ミルクは飲ませなかったし、電子レンジを使うなんてもってのほか!と思う時期もあったし、ともかくすべてをマニュアルで、手作りで、昔ながらの伝統的なスタイルにしたくなったのです。私の友人たちは、そんなに頑張らなくても大丈夫だよと、ポンポンと肩をたたいてくれたものですが、育児を通して古いものへ回帰したい衝動は、単なるこだわりだけではなく、私の内なる衝動だったのです。

それまでの人生は、新しいものばかり追いかけて生きてきた私でしたが、そこからどういうわけか、ベクトルが逆に動き始めました。そしてその追求は、縄文時代への憧れという、何万年もの昔にまで遡ってしまいました。
私の内なる知恵が、そっちのベクトルへ行け!と言っている気がしてならないのです。そして、なんとなくレトロなものが好きという自分のもともと持っているテイストと合致した気がしたのです。

少々話しが逸れますが、数か月前に日本から、旧暦カレンダーを取り寄せました。


この円形の旧暦カレンダー、とっても美しいのですが、私はどうもいまひとつしっくりこない感じがしていました。
というのも、私にとって時間とは、現代的に私たちがとらえるような”直線”では無いというのはもちろんのこと、だからといって完全なる円形というのもなにか違うような気がしていたのです。
それで、私のイメージする螺旋形にするにはどうしたら良いかと試行錯誤の上(office worksというところでさんざん拡大・縮小コピーをして)、さらに切り貼りして、

こちらのスパイラル型のカレンダーを作りました。

そうしたら、末広がりに拡大する形をとる時間の流れは、実は過去に遡っていく形となったのです!
それがまさに、私の感覚における時間の流れであったのです!

私は小学生の頃から”時間とはなにか”とかいう哲学の本を読むような変態だったのですが、いまでもやっぱり、時間は過去から未来へ流れる直線ではないと確信しています。オーストラリアにも月の動きに合わせた円形のカレンダーは存在しますが、私は時間の流れは完全なる円形でもなく、スパイラルだと思うのです。

このカレンダーを作ってみてようやく、過去へ回帰したい衝動も、昔のものへの憧憬もすべて腑に落ちたのでした。
そして少しずつでも、日本の伝統に触れ、過去について知り、親しむことは私にとって大いなる喜びでもあるのです。

私が麹菌を始めとする微生物に異常なほどの興味をもったのも、ひょっとするとわれわれ人間の祖先を遡れば微生物に行き着くという、縄文時代なんかも遥かに通り越した、ノスタルジーなのかもしれません。

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