⑧separation(別離)とオーストラリアにおける離婚裁判について – part 1

2011年に日本を飛び出してからの出来事について振り返る、第8弾。

オーストラリアでの婚姻関係に関する事柄について記してみたいと思います。

オーストラリアには、自分の婚姻関係のステイタスを公式に示す際、married(結婚をしている)か/devorced(離婚をした)の間に、separated(別れた)という項目が存在します。ビザなどの正式書類上にも設けられている区別なので、これはオーストラリアにおいて正式な婚姻関係上のステイタスです。

 

法律を扱うウェブサイトで、”separated(別れた)”とはどういう状態のことか、についての項目を見つけたので、以下に和訳も付けてみました。

Separation happens when you and your husband or partner stop living together as a couple. You do not need an official document to say that you are separated. One or both of you may make the decision to separate, and tell the other person of that decision. One of you may then decide to move out of the home.

It is possible to be separated but still to live in the same house. This is called being separated “under the one roof”. Being separated will mean that, for example, you no longer sleep in the same bed, no longer have sex together, you may cook and eat separately and no longer do household chores for each other.

あなたとあなたの配偶者が、カップルとして同居するのをやめたときが、別れである。
あなたは自分が別れたということを何か公式な書類で示す必要はない。ふたりとも、あるいはどちらか一方の人が別れると決め、相手にその決心を伝える。そしてどちらか一方が家を出て行くことを決めるだろう。

同じ家のなかに暮らしながら別れるということも可能である。それがいわゆる”一つ屋根の下で”別れるというものである。だから別れるということは例えば、同じベッドでは寝ない、セックスをしない、食事や料理を別々に行ない、相手のために家事をしない、などという意味合いになるかもしれない。

上記のように、法律上においても、読み手によって捉え方が変わりうる非常な曖昧な定義ですが、これがオーストラリア内では公式に存在するステイタスです。

このseparation(別離)”結婚はしているけど、別れている”という考え方は、私たち日本人はほとんど持ち合わせていない感覚ではないでしょうか?私たちにとって婚姻関係は、結婚しているか/離婚したか、その二択ではないでしょうか?独身であるとか、未亡人であるとか、そういう別の項目はもちろんありますが、結婚については、しているかしていないかのどちらかしかないというように思います。

私は2015年当時、オーストラリアではseparationという、”結婚はしているけど、別れている”というステイタスが存在するということを全く知らずにいました。知らずにいたというよりは、そのような認識がなかったというほうが正確です。結婚をしている以上は、その結婚相手は家族であると100%思い込んでいました。そして、もし仮にどちらか一方が別の人と付き合うようなことがあれば、それはイコールすぐに離婚という手続きをとるのだという非常に日本的な発想しかも持っていませんでした。

実はこのことで、私と元夫が別居していた期間、2014年5月〜2015年2月(日本での別居期間9ヶ月)と、2015年2月〜4月末まで(メルボルンでの別居期間)のことが後々、親権の裁判内で大きな問題となりました。

親権をめぐる裁判は2015年の5月に始まりましたが、それとは別のプロセスとして、2015年の後半に私は、元夫から離婚裁判申請書という書類を手渡されました。2015年の4月、元夫からガールフレンドを突然紹介された日に、私の中でも結婚が完全に破綻したことは間違いありませんが、親権をめぐる裁判にばかり目が行っていて、2015年の後半にはまだ離婚手続きをしていませんでした。
元夫が記入済みの、数ページに渡るこのような書類を受け取りました。

 

 

私も彼と離婚をすることには100%同意でしたし、受け取った時は、あぁ、そういえば手続きをしていなかったのかということに気付いただけでした。
ただ手渡された書類内で、”separation date”(別離日)が、”2014年5月”の、私と息子が日本へ発った日になっていました。”それは全く事実ではない!”と、私はその内容に反論せずにいられませんでした。というのも、”3ヶ月日本に行きます。そしてあなたが迎えに来て一緒にメルボルンに戻ります”と約束したあの日に、私たちは”別れる”なんて話しなど一切していません。日本に彼が迎えに来なかったその前が別離の日だなどという、彼にとって都合の良い内容に後から勝手に書き換えられてしまうのは許せませんでした。その内容も含め、D先生に相談をしました。
私の中での”separation date”(別離日)は、元夫からガールフレンドを突然紹介された、2015年4月末の日でした。

さらにオーストラリアでの離婚申請の条件は、

・2人の結婚生活に、修復の見込みが無いこと

・別れて12ヶ月以上が経過していること

この2点であることを知り、その意味では、私の認識ではその時はまだ離婚申請ができない期間であるということでした。

ここに親権に関する裁判が絡んでさえいなければ、正直なところ、ただ離婚したいだけであれば”separation date”がいつだったのかということなどは、ほとんど大した問題ではありません。でも、親権をめぐる裁判上で、2015年2月にメルボルンに戻った時、そしてその後に私たちがどういう認識をしていたかという点は、親権裁判で非常に重要なポイントでした。そして当時の私にとって、息子の親権をめぐる戦いで負けるなどというのは絶対にあってはならないことでした。

 

(つづく)

 

 

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