⑨separation(別離)とオーストラリアにおける離婚裁判について – part 2

2011年に日本を飛び出してからの出来事について振り返る、第9弾。

 

私は2015年の4月末まで、私たちはただ”別居している夫婦”であって、separateしているという意識もありませんでした。あとあと気がついたのは、それは非常に日本人的な発想でした。100歩譲ってメルボルンで別居を開始した2015年2月からが別離であるというならば、まだ検討の余地はありますが、2014年5月が別離日だったという考え方だけは認められませんでした。

したがって私たちは、この点においても戦わなくてはなりませんでした。

そして2016年に入って、2015年4月末から12ヶ月以上経過した段階で、こちら側から別離日を2015年4月と記入した離婚申請書を申請しました。
裁判所としては双方が別離日に関してもすべて合意をしていなければ、基本的には離婚を認めることはできません。
そうなると、私の立場としては、”2015年4月まで、彼と私は婚姻関係にあった”ということの証明が必要になります。裁判においては、この証明がすべてです。証明できないものは事実ではないということになります。

さてオーストラリアの弁護士は、D先生の立場であるsolicitor(ソリシター)といって、書類を作成することがメインの弁護士と、法廷弁護士barrister(バリスター)といって、法廷での弁論を専門にする2種類の弁護士がいます。ちなみにこの法廷弁護士制度は、イギリス的な非常に古い伝統的な制度です。
ソリシターだけで裁判に対応することはできますが、複雑な内容であれば、弁論を専門にするバリスターに依頼をしたほうが裁判上で有利であることは間違いありません。
親権裁判では、第1回目の出廷は日本人のD先生だけに依頼しましたが、その結果がまるで予想を反するものだったこともあり、私のケースでは法廷弁護士を立てないと難しいというアドバイスを受け、第2回目以降の出廷は、何度もオーストラリア人の法廷弁護士にも依頼していました。
ちなみに、solicitorもそれなりのコストがかかりますが、法廷弁護士の費用はべらぼうに高いです。一日出廷してもらうのに数千ドルがかかりますし、有能な法廷弁護士であるほど、その分費用も高額でした。ちなみに私たちはD先生から、クイーンズランド州で一番有能だという法廷弁護士を提案され、その人に依頼していました。弁護士や裁判システムについてなどは、また別の機会にもう少し詳しくどこかで書いてみたいと思います。

出典englishpeoplelike.tumblr.com

これはインターネットで拾った画像ですが、法廷弁護士のカツラ着用の義務がなくなったのはごく数年前のことであり(私は実際数年前に、メルボルンの街中でこういうヅラで黒いマントを着ている人々を見たことがありました)、法廷弁護士とは、このような黒いマントを着用している人々です。

親権裁判とは別に、離婚裁判でも私は法廷弁護士に依頼する必要がありました。なぜなら、そこで別離日が2014年5月と認定されてしまえば、親権裁判で私は非常に不利な立場になるからです。
私は2015年の時点でも別離をしていたという認識はなかったということを証明することが課題となりました。

それを証明するために、法廷弁護士とD先生からありとあらゆる質問をされました。別居期間計11ヶ月の間に彼とやり取りをしたメールのすべてを見せる必要がありました。すべてのメールのやり取りとは、おはようとかおやすみとか全てのメールのやりとり、すべて洗いざらいです。
私はこの弁護士たちにすべてをさらけ出す必要がありました。親権のためにすべてやりましたが、今考えても一体なんという世界だろうと思います。恥も何もあったものではありません。
さらに私の法廷弁護士は、『2015年2月にメルボルンに戻ってきてから彼とセックスをしたかどうか』という質問を私にしました。『はぁ?!』でした。黒いマントのおっさんからそんな質問をされ、まるでコントのようですが、話している内容は非常に深刻、至って真剣。今だからこそ笑えるようになりましたが、当時の私はただ必死で切羽詰まっているだけでした。
証明世界において、結婚していたか/あるいは別れていたかという物差しはセックスをしていたかどうかということになるようです。この証明世界での考え方に私は愕然としました。『まじで?!』という感じでした。そんなこと言ったら、日本中に”別れている”夫婦だらけになるだろうし、でも、単身赴任で離れて暮らしていても円満な夫婦だってたくさんいるし、夫婦仲をその物差しで白か黒かと分ける証明世界は、狂気の世界だと思いました。

そもそも他人から公にこのような質問をされることも有り得ませんが、この考え方はまず、日本では受け入れられません。でもひょっとすると、オーストラリア人にとってはこの婚姻関係に関する考え方は普通に受け入れられるのかもしれません。決して受け入れられなかったのは、日本人である私だけだったのかもしれません。

でも、オーストラリアの裁判所というのは、そのような世界なのです。
その時にそれぞれがどんな感情であったかなど、まるで関係のない世界なのです。事実が全て、証拠が全て。白か、黒か。

 

(つづく)

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