日本人としての誇り - I am proud of being a Japanese part 2

日本人としての誇り - I am proud of being a Japanese part 1に続きます。

で、メルボルンのシティで最近、なにがどう私を、”日本人ですけど、なにか?♥”という気分にさせるかというと、
日本の雑貨や食料品の販売、あるいは日本食レストランの経営を、日本人ではないアジア人がやっている”ということです。
ここのところ、韓国人が経営していると思われるドラッグストアを兼ねた雑貨、食料品店みたいなものが急速に増えているのですが、そこでは半分くらい日本製の優れた雑貨や生活用品を売っているのです。マツキヨやダイエーで売っていそうなものを、韓国人達が売ってくれています。これに関してメルボルンに暮らす一消費者としては便利なので、”サンキュー!”という感じなのですが、なんと中国人の経営する日本食レストランの多いこと!おそらくメルボルンの日本食レストラン(というカテゴライズが妥当かわかりませんが、一応Sushiのテイクアウェイショップを含めます)は日本人以外の経営する店のほうがずっと多いかもしれません。オージーの海苔巻き好きは留まるところを知りません。

ところが私がいたたまれなくなるのは、彼らは”日本人のフリをしていることが多い”、そのことがどうにもしっくりこないのです。コリアン系の雑貨屋でも、中国系のジャパレスでも、かなり頻繁にJ-pops(しかも、ちょうど私が青春時代に聴いていたような)がかかっていたり、もちろん店内の記載やロゴが日本語だったりするんですが、”韓国も中国も素敵なんだから、もっと地のままにいけばよいのに、なぜちょっと日本人のフリをするんかい!”と突っ込みたくなるのです。今日もコリアンの雑貨屋ではaikoの『カブトムシ』やら、福山雅治の曲がかかっていたのですが、私としては、”あのー、私、歌詞全部覚えていて、ソラで歌えますけど、何か?♥”という気分になってしまうのです。
この不思議な感覚、どう表現すればよいのでしょう!韓国や中国を蔑むつもりは一ミリもありません。なぜなら、私は韓国も中国のこともめちゃくちゃリスペクトしてるからです。最近の韓国人のセンスは抜群だし、英語はよくできるし、私の中国へのリスペクトは言うまでもありません。韓国料理も中国料理も本当に素晴らしい。だからこそ、日本のモノなんて売らずとも、自国のモノや文化をもっとアピールすれば良いのに・・・、そう思ってしまいます。

じゃあ、一体なにが問題なのか。それは、
日本人が自分たちの手で自国の素晴らしい文化、製品やブランドをオーストラリアに持ち込んでいない!”これに尽きます。日本の大企業で、駐在員を派遣してオーストラリアで展開するのは素晴らしいことです。大手メーカーはもちろんそうしています。でも、オーストラリアにブランチを持たずとも、輸入して十分にこちらで売れるであろう日本の製品を、あるいは継承したい文化を、日本人たちが自らの手で持ち込んでいない、のです。

それはなぜか。私の持論では、

まず一点目に
日本人は英語ができないから!”これがネックなんじゃないかと常々思っています。オーストラリアで日常生活をするにはなんとかなる英語力でも、オーストラリア人に対してアピールして売り込むほどの英語力と表現力を持ち合わせていないように感じられるのです。
これは、自戒を込めています。私自身、英語の”中途半端さ”がネックになることが非常に多い。
惜しいところまで行っているんだけど、一線を越えられない感じ。これはおそらく、日本語という言語と英語の構造があまりにかけ離れているせいだと思います。そして個人的に感じるのは、日本で受けた英語の教育は完全にアメリカ英語がベースである、ということも大きい。やっぱり、オージーイングリッシュ、わかりづらい!聞き取りづらい!スラング多すぎ!な、わけです。

二点目には、
日本人の謙虚さ。”これ、マジすごい製品だから”とか、”この料理、ハンパなく美味いから食え!”という売りこみの押しが非常に弱い。この、日本人の美徳。個人的には、能ある鷹は爪を隠す的なカッコよさを感じますが、やっぱりビジネスシーンで、ましてやなんの根拠もなく自信たっぷりに”発言する”、”振る舞う”オーストラリア人のなかで、私たちは閉口してしまうところがあります。で、言葉では到底言い表せないほど素晴らしい日本の文化、製品の技術、和食を、どう表してよいかわからず、思考停止になってしまう。日本人のシェフにも多く見られる職人気質は、ただでさえ寡黙なのに、もう黙り込むしかなくなってしまうのかもしれません。

三点目、
欧米人に対する根強い劣等感。これはもう、仕方ない。日本人の身体の中にビルトインされているとしか思えないほどの、欧米人に対する憧れ。こんなにグローバルな世の中でも、”海外”、”外人”、”英語”というワードが出てきた時点で、これもまたどこか思考停止してしまうほど、手放しに”きゃー、カッコいい!”と目がハートになってしまう日本人。やっぱり私たちは孤立した島国の人間であって、海の外をものすごく憧れているわけです。とりわけ、容姿。私たち島国の黄色人種は、白人に対するコンプレックスが根深い。そりゃあ、白人はめちゃくちゃカッコいいです。それはオーストラリアで毎日生活していても、キュンキュンしてしまうほど、やっぱり”ガイジン”って美しいし、カッコいい。だから、”ずんぐりむっくり”な黄色人種は、彼らに対して”同等に戦えない”感があるのかもしれません。

四点目には、
日本人は群がって暮らしていない、そして団結していないから”それも大きくあると思います。人種のるつぼメルボルンでも、中国人は中華街を形成し、ギリシャ人はギリシャ街を、ユダヤはユダヤ、マレー系、ベトナム系・・・とそれぞれ固まったコミュニティーを形成していますが、日本人は驚くほど、てんでバラバラに生活しています。散らばっているから、コミュニティで団結して日本のビジネス地域を興そうというような発想が全くない。
これについて、私は実は非常にポジティブに捉えています。私自身の感覚では、日本人はそれぞれの”個”がしっかりしているから、別に群れなくても平気なのです。これは、日本人として自尊すべき点だと思います。

 

”私、日本人ですけど、なにか?♥”いう微妙な感覚の正体は、実は、”私のふんどしで、他人が相撲をしている感じ”なのかもしれません。その落ち着かない感じ、パクられてる感じ、なんとなく、手柄を横取りされている感じ。でも、それは私たち日本人が持ち込んでいないから、日本の素晴らしさを他の人達がアピールしてくれているだけ、ただそれに尽きます。

でも、そのままじゃ、なんかヤダ!と、ビジネスに関しては超負けず嫌いな私は、いたたまれない気持ちになるのです。
じゃあ、自分で売れよ、ということなんです。それができていない、もどかしさ。
日本人の優れたマーケティング力をもってして本気で挑んだら、オーストラリア全土が日本色に染まってしまうかもしれません♥

私たち日本人には、英語力と、オージーに負けぬほどに自信たっぷりなアピール力、それが必要な気がしています。私達日本人って、それが苦手よね・・・。でも、その奥ゆかしさもまた、日本人の美徳でもあるのよね・・・。私は日本人であることを、心の底から誇りに思います。

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