お気楽なオーストラリア人 – what does “no worries” really mean?

2週間という短期間の間に、すっかり”日本人モード”に逆戻りしていた私は、オーストラリアに戻ってからというもの、そのギャップに正直いまも苦しんでいます。
ホームシックを見事に助長させてくれた、ご近所さんとのこんなやり取りがありました。

私はメルボルンで、gracilis bambooという、竹というより笹に近い植物を大切に育てています。竹はかなり多くの水を必要とするので、毎日の水やりが必須なのですが、毎朝の水やりが功を奏して、ぐんぐんと大きく成長してくれていました。

今回日本に行くにあたり、私はご近所さんにこの竹の水やりをお願いしてみることにしました。毎日ではなくてもいいけど、2日に1回はお水をあげて欲しいと依頼したところ、そのご近所さんはとても快く、”そうだね、これから日照りも強いしね、お安い御用だよ、no worries. 日本楽しんできてね!”と明るく送り出してくれました。

そして成田空港で彼らへのお土産のお菓子を買い、メルボルンに戻ったのが先週のこと。
家についてみると、その竹は見事にカラッカラに枯れていたのです!すっかり枯れ果てて、ベランダには枯れ葉が散乱していました。
私はショックに言葉を失いました。大切に育てていた植物が枯れているという事実にショックだったのですが、”え?水やり全然してくれてなかったんじゃないの?!”という事実に、純粋な衝撃を覚えたのです。でも、そのテの衝撃は、実はこの国で経験したのは初めてではなく、このようなビックリする出来事はこの国では過去にも何度かあったように思います。
あ、そういえばここはオーストラリアだったんだ・・・という気付きとともに、この国でなんどか味わってきた”人間不信になりそう・・・”な衝撃。

もし私だったら。私が近所の人から、留守中の植物の世話を頼まれたら、かなり真剣に対応することでしょう。一日水やりを忘れただけで、”あ、やばいやばい”と思うでしょうし、適度な責任感も芽生えていることでしょう。

だから私はカラッカラになった竹を見ながら、そのご近所さんに”ちゃんとお水あげてくれた?なんか、死にかけているんだけど”と、絶対に言ってやろうと思い、怒りと不満を覚え、さらにホームシックと相まって、”私ってこの国ではウェルカムされてないわけ?””そんなに価値がないってことかしら?”と過剰な投影まで始まってしまい、お土産なんかくれてやるもんかー!と、うっかり涙ぐむほどでした。

翌朝、ちょうど玄関先で出くわしたそのご近所さんは、”戻ってきたんだね!日本は楽しめた?”と満面の笑みで私に挨拶をし、”植物、大丈夫だったかな、何回か水やり忘れちゃったんだけど、でもちゃんとあげたよ”、と感じの良い笑顔で言ったのです。絶対、嘘!!!
でも、なんだかその笑顔とノリに私は調子を狂わされ、”うん、まぁちょっとドライだけど、面倒見てくれてありがとう!”と笑顔で返してしまい、さらに彼の小学生の息子も愛想良く挨拶してくれた弾みで、うっかりお土産の『白い恋人』まで手渡す始末・・・。

これ!このトラップ!!
私はまだ帰国したてで”日本人モード”が抜けてもおらず、オーストラリアではついつい”控えめな日本人”になりすましてしまう、かつての私に逆戻りしている自分を発見しました。ついつい本音を隠してしまう日本人。
私は、過去数年の間、控えめな日本人のまま居たらこの国では悔しい思いをするばかり!と悟り、それなりに強く主張する術も身につけていたはずなのに。

そして私の感謝の言葉に対して、また彼は、”No worries.“と返しました。
この表現!やっぱり意味不明!!!

オージーはなんでもかんでも、この”No worries”を多用するのですが、こっちとしたら、”てゆーかオマエ、ちょっとはworry(心配/気にかける)しろよ!!!”と突っ込みたくなる場面は数知れず。
オーストラリア人、適当過ぎる!!!!!!!

おおらかで適当なところは、日本人がほとんど持ち合わせていないオーストラリア人の良い気質だということは知っています。でも。今回の件でもそうなのですが、少しくらい真面目に気にかけたらどうなのよ、あなた、というタイミングで”No worries”と言われると、腹が立つ。ちょっと本気で怒っているこっちがアホみたい、と思わされるからです。そして、自分の感情をすっかり隠して愛想笑いする自分にも腹が立つ!

そんなこんなで、完全にホームシック。
でも幸いなことに、ホームシックだよ〜という私のLINEメッセージに対し、すぐに返事をくれる日本にいる私の愛すべき友人や先輩たち。
中でも、私の人生の節目節目にすばらしい名言を贈ってくれる、元会社の先輩からは
”今時、いる場所に変に根を生やすなんて、田舎くさいこと言うな、『住めば都』、文句言うな”と、幼いころに引っ越しを繰り返した経験があるからこその、温かい言葉が届きました。
こうやって、何年経っても変わらず、忘れずにいてくれる友人や先輩、そして先生たちが日本にいる。そして彼らとインスタントにメッセージを送りあえるこの時代だからこそ、ホームシックも乗り越えられる、そう信じる今日このごろです。

それにしても。
日本人とオーストラリア人の気質の違い、あまりに両極端過ぎて、そしてそのどちらにも良いところもマイナスもあって、足して2つに割るのが良いんじゃないの?などと思いつつ、その狭間に立った私は、なんだか無気力感に襲われた数日でした。

ほんの2週間前に日本で書いた記事を読み返してみると、その日私は、”それでも今の私は、オーストラリアで生活する自分が好きだし、そのことに対しては一切の迷いも後悔もありません。”と書いている。マジ?たった2週間の間に違った感情を抱いている自分に、我ながら驚きます。

それもこれも、私の人生。
私たち人間は、失って初めてあるものの大切さを知るというのは本当のこと。だから、これも良い人生経験と、たくましく生きたいものです。そして、ベランダの竹も、どうかたくましくまた復活しますようにと願いながら、私は今日も明日も水やりをします。

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