お母さんってすごい - incredible motherhood

オーストラリアの家庭裁判所の取り決めにより、息子が父親のもとで暮らすようになってからずいぶんと時間がたちました。
私は息子の親権を一切手放すという決断を迫られたものの、昨年末の裁判で、今後、徐々に私と息子がともに過ごす時間が増える、ということが決められました。

そのオーダーに則り、今月から息子は週に1泊だけ私のもとで生活するというルーティーンが始まりました。来週息子は5歳の誕生日、そして今月から小学校に行き始めました。

息子の小学校入学についても、私は元夫から一切の相談もされないままノータッチで進められ、私がそれについて知った時はすでにできることは無し、と、これまた一悶着あったのですが・・・、息子の親権を手放す、つまり息子と一緒に暮らすことを放棄しなくてはならないという最大の”レット・ゴー(手放し)”を経験させられた私は、すでに彼の小学校がどこなのか、いつの年からスタートさせるか(本来なら、来年からスタートという選択肢もあったのですが)などということは、さほど重要なことでもなく、ただ息子が元気に”生きていてくれれば、それだけで十分”、そんなふうに思えるようになりました。

昨日はたまたま小学校が休みだったこともあり、息子とふたりで丸一日デート。ビーチに海水浴に行きました。そして、一緒に家に帰り、ともに夕飯を食べ、一緒にお風呂に入り、寝る、という、息子が2歳過ぎになるまで毎日当たり前にしていた生活を、久しぶりに味わった私たちは、興奮状態。
2人で楽器を演奏しながら、歌い、踊ったりと夜更かしをしたものの、私は、”息子のお弁当を作って翌朝学校へ連れて行く”という初めての任務にかなり緊張し、目覚ましを早めにセットして就寝したのでした。

ジャパニーズ風なお弁当なら、やっぱりSUSHIでしょ、と思い、朝からいなり寿司と、アボカドと照り焼きチキンの寿司を作り、お弁当箱に詰め、元夫への連絡ノートを記入し、息子の新品の制服にネームを付けて、自分の身支度をして、”やだぁ!学校行きたくない!マミーの家でずっと遊ぶ!!!”と朝から大泣きする息子をなだめながら制服に着替えさせ、遅刻しないように車で小学校へ出発・・・
という、慣れないルーティーンに、完全にテンパる私がいました。

え?世の中のお母さんて、こんなにとてつもなく大変なことを毎日しているの?!
さらに上の子、下の子がいて、食器を洗って洗濯機を回して、夫を送り出し、自分もちゃんとスーツを着込んで会社へ出勤・・・とか、みんなどうやってマネージするわけ?しかもそれを月曜日から金曜日の毎日やって、さらに子供を習い事にも連れていき、洗濯物を畳んで、スーパーでおつかいして、アイロンをかけて、日本人の素晴らしいお母様たちはキャラ弁に力を注いで・・・って、
一体どういうこと?!?!
なにそれ、スーパーマンじゃん。

そんな大変な任務、今の私は週にたった1度だけだけど、それを毎日、何年も何年もやってるお母さんたち、凄すぎる!自分が具合悪くなってるヒマなんか、無いじゃん。それでいて仕事のキャリアアップを同時に図ってなんて・・・神業としか思えない。
もう私は今朝、目眩を起こしそうでした。

この話しを、周囲の友人たちに話せばおそらく彼女たちは、”慣れれば、できるようになる!”と口を揃えて言うことでしょう。確かにそうなのかもしれません。やらなければいけないから、やる。
でも、それって、本当にすごいことだから!!ぜんぜん当たり前のことじゃないから!!!
昨今では、優しく手を差し伸べ協力してくれる旦那さんがたもいることでしょうが、それにしたって、たとえ、このタスクの中の半分をやってくる旦那がいたとしても、それでもまだまだ大変!そうやって頑張っているお母さんたちは、きっと自分のためだけに時間を費やすなんてこと、何年もできずにいるのかもしれません。
私はシングルマザーでありながら、息子は大半の時間を元夫のもとで暮らすという特異なケースですが、育児のほとんどをひとりでこなすシングルマザーって・・・さらにスーパー過ぎる。

こういう視点で自分の状況を俯瞰してみれば、実は私はとても恵まれているのかもしれない、、と本気で思えるのです。死の淵をさまようほど長くつらい時期を過ごしました。でも熱さが喉元を過ぎた今となっては、私と息子の絆の深さは以前と変わらず、むしろ、以前にも増して計り知れない絆の強さを感じ、それを思えば、一見して悪夢のようにひどく、つらい経験も、反対側から見たら全く違った風景が見える、まさにそういうことなのだと痛感します。

だから今の私は、世の中のスーパーマンお母さんたちを、すごいなぁと客席から見ている気分なのですが、客席側に回ったからこそ見えるもの、舞台の上に立っていたら気が付かないこともたくさんあることでしょう。私にできる数少ないことと言えば、そうして見えてきた”何か”を、彼女たちのために活かす、サポートする、そのようなことなのかもしれません。

自分の母親、祖母・・・と代々、それぞれの時代を強くたくましく生きてきた女性たちに、ただただ敬意を表したい、そのことを想って溜息が出るほどです。

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